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新型インフルエンザの生態に関する素朴な疑問:季節変動等 [ウイルスシステム]

インフルエンザV3.jpeg
極小唾液ミストに閉じ込められたインフルエンザ・ウイルスのイメージ

●予想外に早く日本国内で新型インフルエンザ(H1N1/2009)の患者数が
増大してきているという.今年7月24日までの患者総数は厚生労働省
確認分としては5,022名が報告されていたが
http://idsc.nih.go.jp/disease/swine_influenza/case-j-2009/090724case.html
8月に入ってプロ野球や高校野球関係者,サマー・イベントや合宿宿舎で
発症例があいつぐ中,21日午後,ついに新型インフルエンザの全国的
流行開始宣言が国立感染症研究所より出された.
その根拠は,1週間の患者数が1施設あたり1人を超えたこと,この値が
季節性インフルエンザ流行開始の目安となってきたことにあるという.
患者総数は推定11万人で冬季以外ではかなりの数といえよう.
 この流行開始宣言を素直に受け取って良いのだろうか.もちろん必要な
対策を緩めろと主張しているのではない.日本本州におけるインフルエンザ
の夏季流行が従来観察されなかったこと,それが今回の新型では流行に
入ったとなれば当然それに関する分析を踏まえての発表でなくてはならない
と思うからだ.

●そもそもインフルエンザの季節変動は何に起因するのだろうか.
感染者の飛沫に含まれるウイルスは感染環を形成する場合には,
いくつかのルートを経て次のターゲットの上部呼吸器に進入し増殖を
開始する.この最初の浮遊状態ないしは固相との接着状態で重要なのは
ウイルスの物理化学的特性と周囲の環境要因である.この周囲の環境要因
として議論されて来たのが平均気温とか湿度,日照時間,紫外線量,
昼間と夜間の温度差など,いずれも夏季と冬季で異なる気象要因であった.
これらの研究が示しているのは冬季での流行という疫学的な統計に一致して,
相対的に弱い紫外線,低温,低い相対湿度がウイルスの生存に有利という
結論である.
(例えば以下のような文献が参考になるが,PubMedを適当なKWで
検索すると他にも多数の文献が参照できる.
▲Influenza virus transmission is dependent on relative humidity and temperature.
Lowen AC, Mubareka S, Steel J, Palese P.
PLoS Pathog. 2007 Oct 19;3(10):1470-6.
▲Survival of influenza viruses on environmental surfaces.
Bean B, Moore BM, Sterner B, Peterson LR, Gerding DN, Balfour HH Jr.
J Infect Dis. 1982 Jul;146(1):47-51.Links)
物理的存在としてのA型インフルエンザはどの亜型も形態的にはきわめて
類似した構造を有している.ゲノムであるー鎖RNAは大きさの異なる
8本の分節に別れていて各々がヌクレオキャプシドに包まれ,転写酵素を
持っている.この周りを2種類の表面糖タンパク;HAとNAを統合した
脂質2重層が取り囲むが,ビリオン(完全なウイルス)はその他にも
数種のタンパク質を含んでいるというのが共通構造である.物理的
環境に影響されるのはこうした物理的存在としてのウイルスであり,
宿主に感染してから受ける宿主側からの影響とは分けて考察する
必要が有る.
●夏季という季節要因は各インフルエンザに対して平等に作用すること,
その影響を受ける側のインフルエンザも物理的実体としては共通している
とすれば,従来型の季節変動とは異なる新流行パターンが生まれたかの
ような発表は問題が無いのだろうか.現在の患者数の増大というのは
新型ということを考えれば充分予想できる範囲のものであろう.なぜなら
無いに等しい弱い免疫プール防衛網は大量ワクチンの接種でもしない
かぎり新型インフルエンザにより簡単に突破出来る状況にあるからである.
新型インフルエンザという敵は夏と言う不利な環境要因の中でも,人間活動
の感染ポケットをいち早く見つけて爆発的感染の足場をできるだけ拡大
しようとしているのであろう.この感染の拡大の規模の大小の上に秋・冬
からの流行が開始されることになる.
●とすれば必要とされる対策が戦術レベルのみから判断されるのではなく,
戦略レベルから見てどうかというのが最大の課題であろう.日本のワクチン
製造量は当初の2500万人分から大幅に下方修正されて,1500万分
に後退している.この程度のワクチンで敵を向かい撃てるのだろうか.
しかもこの少ないワクチンをいつ,どこで,だれに,どれだけ接種するかの
方針も定かではない.予防医学の観点から流行規模を最大限に抑制する
という観点に立った専門家からの大胆な提言も聞こえて来ないし,
学校での集団接種の是非すら検討の外である.アメリカでは感染の火薬庫
となるであろう学校を中心にワクチン接種を検討中という.誰が死んで,
誰が生きるかといった従来の議論を乗り越えた根本的提起のように思える.
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ya98

いくつか気になったのでコメントしてみました。

> 夏季という季節要因は各インフルエンザに対して平等に作用すること,その影響を受ける側のインフルエンザも物理的実体としては共通しているとすれば,従来型の季節変動とは異なる新流行パターンが生まれたかのような発表は問題が無いのだろうか

> 日本本州におけるインフルエンザの夏季流行が従来観察されなかったこと,それが今回の新型では流行に入ったとなれば当然それに関する分析を踏まえての発表でなくてはならないと思うからだ.

過去に少なくとも20世紀以降新型インフルエンザが出現したした際に夏に感染の増大が出現したことはなかったです。ただ近年、沖縄県では夏にインフルエンザ感染の流行があり、これはウィルスの性質が変わったのではなく、冷房の普及などが影響しているとも言われています。人類への新型インフルエンザは1980年代以降出現していないので、現在の夏の流行は、宿主環境の変化を反映した今回が始めだったという可能性もあります。
対宿主で考えたときに、ウィルスの性質が違う可能性は常に念頭に置く必要があります。手かがりとなるのは感染した人の臨床的な症状です。

> 物理的環境に影響されるのはこうした物理的存在としてのウイルスであり,宿主に感染してから受ける宿主側からの影響とは分けて考察する必要が有る.

物理的存在としてのインフルエンザには環境は平等に作用はしますが、問題となるのは新型ウィルスの対宿主の関係となると思います。

> いくつかのルートを経て次のターゲットの上部呼吸器に進入し増殖を開始する.

臨床的には、従来の季節性インフルエンザと違って消化器症状が出現することから、消化管細胞への感染が疑われます。また、健常な人への感染で重篤なウィルス性肺炎が出現することから、肺胞細胞での増殖ができることが疑われます。疫学的に考えれば、かなりの人に下痢などの消化器症状があることから、感染ルートとして消化管が重要ではないかということが仮説として考えられます。これだけで従来の流行とは違ったパターンをとってもおかしくないです。
by ya98 (2009-08-26 10:09) 

ya98

続きです。

> 予防医学の観点から流行規模を最大限に抑制するという観点に立った専門家からの大胆な提言も聞こえて来ないし,

 専門家はこのウィルスに関しては、感染を防ぐというよりいかに免疫を獲得するかに移っています。南半球は現在冬で、爆発的な感染が起きていることを考えると、冬にもっとも大きなピークが出現すると思われます。このピークをゆるやかなものにすることが公衆衛生上は重要と思われます。死亡率が0.5%であるならばワクチン接種はあくまで方法のひとつにすぎないです。この点では、8月からの流行開始はプラスの情報ともいえます。政治的には厚労大臣の桝添と専門家集団の考えが合っていないこと原因でしょう。衆院選挙後に民主党政権になることも影響していると思います。

 ただ死亡例や重症例のの疫学的な背景の解析を念入りに行う必要があります。特にウィルス性肺炎で人工呼吸器が必要となる人の疫学的背景は解析は新型に特徴なだけに重要です。また学童期までによく出現するインフルエンザ脳症の確率が従来のウィルスと違って高くなるようであれば、学童期のワクチン接種は優先して考える必要があります。

もうひとつは変異の速度です。新型ウィルス出現直後は爆発的な感染が発生するため、通常よりも変異の速度は速いです。対宿主での感染力や病原性でも大問題となりますが、ワクチン接種に関しては、もっと大問題です。変異した種に効果がない場合はかえって変異種を蔓延させる原因になります。今回のウィルスは人間だけでなく、ブタや鳥にも感染することがわかっているので、この変異に関してはことさら注意が必要です。結果として人口の多い北半球で冬を一回越えてみないとなんともいえません。定期的なウィルスの遺伝子解析が必要と思われます。
by ya98 (2009-08-26 11:11) 

symplexus

いろいろ参考になるコメントありがとうございます.
 その中でも沖縄の問題は僕も気になっていました.
新型が発生する以前にすでに,05,06,07年と
 夏に流行が有ったからです.これらは一定点あたりの
週間患者数が確か10を越えていて夏としては異常に高い.
 新型についても6月に患者第一号が出た後増え続けていて,
場所によっては日本全体の平均値とは比較にならない値
 (10倍以上)が続いています.
 これをどう考えたらいいのか,
実は僕も上手く解釈できないでいます.
確かにエアコンとかの影響も有るとは思いますが,
 沖縄だけがその乾燥冷気の場所に寄合うというのも
根拠としては?でしょう.
  医療現場での検出法の改良といのも考えてみたのですが
   沖縄というのが特殊な医療地域というのも根拠が無いし.
   やはり実際患者数が増えているとなると事は重大です.
 沖縄の遺伝子解析の情報が知りたいところですが,
  その辺分かったら教えて下さい.

ワクチンに関しては感染システム全体を見ることは賛成です.
それとは別に準備自体が進行していない現状が有る,
 これは政策の問題で我々にはどうする力も無いのですが.
  確立したツールでなくともこれらを生かして行くというのが
   僕の主張の立場です.
by symplexus (2009-08-26 19:32) 

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