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●麻酔の脳への影響をめぐって:ある個人的な体験から [医療]

■本年一月,鼓膜内にできた腫瘍;真珠腫を外科的に取り除き,鼓室を形成する手術を受けることになった.僕の場合,外耳の清掃をしていたところ鼓膜であるはずのところが実は大きく欠損していて,そこから真珠腫が発見されるという経過をたどった.直近の中耳炎の炎症から始まる真珠腫ではなく,かなり以前の中耳炎が放置され鼓膜形成が成立しないまま上皮が成長して形成されたのであろう.内視鏡で精査したところ,先生の説明では耳小骨の内,槌骨部分が完全に真珠腫に覆われてしまっていて,骨部分と切り離すことは容易では無いと言う.これは素人判断からしても実体顕微鏡下で行う難度の高い手術だと思った.麻酔は当然ながら全身麻酔である.

P7232978.jpg
ギリシャの英雄オデュッセウスは故郷への海上帰路の途中,抗しがたい美声を持つ死の怪獣セイレーンに対抗するため船乗り達には蝋の耳栓を,自身は歌声を聴くためマストに縛りつけさせたという.これは聴覚の魅力を雄弁に示すエピソードととれなくもない.

■全身麻酔を受けることにそれほどちゅうちょは無かったが,一つだけ気になっていたことは麻酔に関して記したある短報を最近読んで思い当たることが有ったからである.それはC.ストーズ(サイエンスライター)による僅か2ページの記事で,麻酔が脳に長期の副作用をおよぼす可能性があることを指摘するもので有った(麻酔に隠された危険, 日経サイエンス,2014年9月号,pp52-53; Hidden danger of going under, Scientific American, April 2014).術後譫妄(せんもう)のカテゴリーに入る各種の現象は1980年代には知られていたが,それを麻酔の副作用と見る見解は少なかった.では何が原因と推定されていたかというと,手術そのもののストレスが引き金となって,それまで顕在化されていなかった脳の老化や病変が表に出てきたとする見解である.ところが最近の研究では麻酔そのものに譫妄の原因を求める方向に転換してきたと言う.つまり麻酔という通常では起こりえない人為的な脳機能の一時停止の機構そのものに潜む危険性を指摘する方向と言ったらよいであろうか.

■しかし,とりあえず手術を前にした僕自身が関心を持ち,一抹の不安を抱いているのはこの術後譫妄の議論そのものではない.術後に時として起こる混乱,記憶喪失,特に恐怖の幻覚という激烈な体験についてである.レポートの中に記載されているジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生学教授;ベーカー氏が術後見た生々しい悪夢,それは火の海が迫る中での孤立無援状態という幻覚であった.術後とは関係ないが僕自身もレム睡眠時に楽しいとはいえない夢を見たことがある.それはさしせまった恐怖と言う類のものではないが,例えば見渡す限りの無人の荒野でトロッコに乗り一人谷底に向かって滑り落ちるといった殺伐たるものであった.術後譫妄に陥った時はどのような悪夢が待ち構えているのであろうか.

John_Henry_Fuseli_-_The_NightmareSmalll.jpg
術後譫妄のカテゴリーに入る悪夢の体験は18世紀ロマン派の画家フュースリーが描いた“悪夢”とは異なり,いずれも著しく現実的な生々しさに満ちている.

■ここで話の都合上ちょっと私的な人間関係に関するコメントをしておかなくてはならない.当日の執刀医は遠藤周一郎医師,この難しい手術に関しては県下で唯一数十例の実績を有する大ベテランである.麻酔を担当するのは玉木章雅医師率いるチームで両者は山梨大学医学部卒業の11期生である.現在の山梨大学医学部の前身は山梨医科大学という単科大学で,この創設期から定年で退職するまでの25年間1.2年生の生物系授業に携わってきた自分と両氏とは師弟関係ということになる.とは言っても当時の僕の教育が適当なものでなければ師弟関係だからと言って良い印象を持たれるかどうかは分からないであろう.世に言う教師の誤解の一つがこの師弟関係という代物で,問答無用で尊敬されるかどうかなど保障される筈がないのだ.しかし11期生を教えていたころの僕は担当科目の分子細胞生物学の現状や将来に関しても明るい確信を感じていて,それを伝えるため深夜まで授業準備をしたり,土曜輪読会を毎週行ったり,コンパ会場として自宅を開放したりで教育に燃えていたように思う.だから患者と医師というかたちで遭遇することになったにしろ僕自身はどこかうきうきとしていたかもしれない.

■ともあれ手術着を着用して,1月の20日,看護師さんに案内されて手術室に行くことになった.連れの万里子氏の心配そうな顔が気になったがもう悠然と手術に臨むしかない.手術室に入って驚いた!まるでスマホ画面のような手術台に登ると数え切れないほどのLEDを並べたと思われる円形の大きな照明灯が,自在に動けるような支柱に据えられて複数個見下ろしている.周囲には無数のモニターが並び,およそ手術室には見かけないような巨大な照射装置と思しき巨大なアームが見える.後にこれはドイツMaquet社製のハイブリッド手術室だと分かったが,その時はまるで宇宙船のようだなと思う内に意識を失ってしまった.それからどのくらい経過したのか分からないが,暖かい春のような日差しの下,11期生の面々と会った.あまりの懐かしさに思わず涙がこぼれそうになった時,遠くから「志田さん,終わりましたよ」という声が聞こえてきた.これは夢だろうか,と思う間もなく現実世界が彼方からやってきて幸福感は消えてしまった.手術は無事終わったのである.
ハイブリッド手術室ぼかし.jpg
体験した手術室は開設されたばかりのハイブリッド手術室で,可視情報だけでなくCTなどの画像診断像情報を援用できる新しいタイプの手術室だということが後で分かった.しかしその時の印象はまるで宇宙船の中にいるような不思議な浮遊感につつまれていたように思う.

■結局僕は悪夢の譫妄ではなく,覚醒時人生でこれ以上経験したことがないような幸福な夢を見た.
文頭でふれた麻酔後の譫妄に関して言うと,譫妄には記憶喪失,幻覚,論理の崩壊等に加えて鮮明な悪夢もあげられている.術後の一時的混乱というよりはもっと長期にわたるもので,場合によっては月単位以上に及ぶ場合もあるという.そのことから考えると,僕の場合は譫妄ではなく一時的な覚醒前ないしは覚醒過程での夢ということになるのであろう.ただちょっと不思議なのは譫妄のカテゴリーに入る夢がなぜ幸福な夢ではなく悪夢となるのだろうか.それも18世紀のロマン派の画家フュースリーの手になるシンボリックな“悪夢”ではなく,もっと直裁な現実界で起こりうるような悪夢ばかりになるのが不思議と言えば不思議である.

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●大震災避難所名簿で石巻在住の友人所在発見! [クライシス]

 石巻市の大震災翌日の映像を見て絶句した.全市が壊滅状態である.
市街がそっくり消えてしまったのだ.友人はどうなったのか気になる.

http://www.youtube.com/watch?v=sMmVCCWWELg


 電話など論外,無事を確認するにも手段が無いのだ.この映像を見る限り死者,
行方不明者は想像を絶する数になるであろう.日を追って届くニュースは
悪い知らせばかり,16日にはついに不明者1万人(下記NHK報道)だという.

石巻“不明者 推定1万人に” 3月16日 21時5分 NHKニュース 津波によって沿岸部を中心に壊滅的な被害を受けた宮城県石巻市は, 行方不明者の数について,1万人に達すると推定されると発表しました. 石巻市は、津波で沿岸部や川沿いの集落が壊滅的な被害を受けました. 石巻市のまとめでは,15日正午の時点で,少なくとも死者が425人, 行方不明者が1693人に上っているということです。また.一部の道路が津波に よって流されたがれきや浸水などで通れない状態になっているほか,携帯電話が ほとんど通じないなど通信手段が限られていることから被害の全容は,まだ分からず, 石巻市では,行方不明者の数は最終的に1万人に達すると推定されるとしています. 石巻市内では,ガソリンなどの燃料不足が深刻になっていて,被害の確認に回 る市の車両の運用にも影響が出始めていることから,全体像が明らかになるまでには, まだ時間がかかるとみられます.

しかし日を追って避難所が機能しているとのニュースも.もしやと思い
昨夜検索をかけて見た.朝日新聞の名簿サイトの避難所名簿に名前
を発見!生きていたのだ.本当に良かった.もし皆さんの中で同じ
不安を持っておられる方は以下のサイトで検索してみて下さい.
Asahi.comさん,ありがとう!☆☆☆!

http://www.asahi.com/special/10005/
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福島第一原発2号炉で異常事態が進行中 [クライシス]

2011年3月14日20時半頃,NHKのニュース番組が2号炉で燃料棒が
すべて露出との報道.驚いて検索したところ以下の記事が.
とりあえず引用しておきます.

2号機燃料棒、一時すべて露出=炉心溶融否定できず―福島第1原発 時事通信 3月14日(月)20時5分配信  東京電力は14日午後7時45分,福島第1原発2号機の冷却水が大幅に減少し, 約4メートルある燃料棒がすべて露出したと福島県に通報した.核燃料の一部が 溶ける炉心溶融も否定できないとしている.  東電は午後8時ごろから炉内への海水注入を開始.水位が上がり始め, 同8時すぎに燃料棒下端から30センチまで上がった.  同社は同日夕から海水注入の作業を始めていたが,炉内に海水を入れるための ポンプの燃料が切れていたといい,燃料を入れ作業を再開した.


 最悪のシナリオ(”燃料”の全面溶融,臨界反応,原子炉の崩壊)をなんとしても
阻止すべく,懸命な努力が続けられているが,事態の進行は深刻さを増して
いるようにも見える.
 ”燃料”の溶融はどの程度なのか,注入された海水の水位は増えているのか,
圧力容器は無事か・・・など正確な事実を公表して来るべき事態への冷静な対応を
訴えて欲しい.
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■インフルエンザ・ウイルス付着の不思議;実利的予防策への教訓 [ウイルスシステム]

インフルエンザV2.jpeg

●インフルエンザ・ウイルスのミストが感染者の咳によって外気中に吐き出され,
次のターゲットに捉えられるまでの過程にはいろいろ未知なことが多い.
一般にはミストの直径は5マイクロメートル程度で,これが気道に吸引され
粘膜にあるウイルス・レセプターにウイルスが捕捉される”飛沫感染”を
感染経路とすると考えられている.しかし手洗いの励行が奨励されている
ように,実際は接触感染的な経路が予防を考える上では極めて重要なのだ.
この場合のウイルスの”生存”(感染可能な活性の維持という意味;ウイルス
は生き物でない.それゆえ生存の語を使うのは基本的誤りといった不毛な
議論はこの際棚上げとする)は付着する物体によって何らかの違いが生じる
のだろうか.都内の電車通勤のような感染環境を想定すると,このことは決定的
意味を持つことになるだろう.
●大方の直感では,付着物によらない単純な時間依存性が予想されるかも
しれない.しかし,Bean等の以下の実験結果は,その予想を完全に否定
する驚くべき事実をしめしている.
J Infect Dis. 1982 Jul;146(1):47-51.
Survival of influenza viruses on environmental surfaces.Bean B, Moore BM,
Sterner B, Peterson LR, Gerding DN, Balfour HH Jr.
A型,B型の間の差が無いのは予想された結果であるが,手や平滑な表面;
ステンレス・スチールとかプラスチックに付着したインフルエンザ・ウイルスが
24~48時間生存していたのに対して,布とかティシュ・ペーパー等に付着した
場合はそれより大幅に短い8~12時間以下しか生存できなかったことである.
さらに接触感染の可能性を示唆する結果としては,相当数のウイルスの
ステンレス・スチールから手への移行が24時間は確認されたこと,
ティシュ・ペーパーから手ではそれが15分程度で有ったこと,一旦手に
移行したウイルスは5分程度はサバイバルすること等が認められたこと等
が挙げられる.
●この機構の説明は極めて困難であるが,現実的な教訓としては現在奨励
されている対策の根拠に充分なりうるものであろう.布上でのウイルス・サバイバル
が著しく低くなることを考えれば,感染者の咳は布で覆うことが効果的となる.
皮膚や平滑面からの除ウイルス処置は汚染リスクが予想される場合は常に
励行することが重要ということになろうか.
 
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新型インフルエンザの生態に関する素朴な疑問:季節変動等 [ウイルスシステム]

インフルエンザV3.jpeg
極小唾液ミストに閉じ込められたインフルエンザ・ウイルスのイメージ

●予想外に早く日本国内で新型インフルエンザ(H1N1/2009)の患者数が
増大してきているという.今年7月24日までの患者総数は厚生労働省
確認分としては5,022名が報告されていたが
http://idsc.nih.go.jp/disease/swine_influenza/case-j-2009/090724case.html
8月に入ってプロ野球や高校野球関係者,サマー・イベントや合宿宿舎で
発症例があいつぐ中,21日午後,ついに新型インフルエンザの全国的
流行開始宣言が国立感染症研究所より出された.
その根拠は,1週間の患者数が1施設あたり1人を超えたこと,この値が
季節性インフルエンザ流行開始の目安となってきたことにあるという.
患者総数は推定11万人で冬季以外ではかなりの数といえよう.
 この流行開始宣言を素直に受け取って良いのだろうか.もちろん必要な
対策を緩めろと主張しているのではない.日本本州におけるインフルエンザ
の夏季流行が従来観察されなかったこと,それが今回の新型では流行に
入ったとなれば当然それに関する分析を踏まえての発表でなくてはならない
と思うからだ.

●そもそもインフルエンザの季節変動は何に起因するのだろうか.
感染者の飛沫に含まれるウイルスは感染環を形成する場合には,
いくつかのルートを経て次のターゲットの上部呼吸器に進入し増殖を
開始する.この最初の浮遊状態ないしは固相との接着状態で重要なのは
ウイルスの物理化学的特性と周囲の環境要因である.この周囲の環境要因
として議論されて来たのが平均気温とか湿度,日照時間,紫外線量,
昼間と夜間の温度差など,いずれも夏季と冬季で異なる気象要因であった.
これらの研究が示しているのは冬季での流行という疫学的な統計に一致して,
相対的に弱い紫外線,低温,低い相対湿度がウイルスの生存に有利という
結論である.
(例えば以下のような文献が参考になるが,PubMedを適当なKWで
検索すると他にも多数の文献が参照できる.
▲Influenza virus transmission is dependent on relative humidity and temperature.
Lowen AC, Mubareka S, Steel J, Palese P.
PLoS Pathog. 2007 Oct 19;3(10):1470-6.
▲Survival of influenza viruses on environmental surfaces.
Bean B, Moore BM, Sterner B, Peterson LR, Gerding DN, Balfour HH Jr.
J Infect Dis. 1982 Jul;146(1):47-51.Links)
物理的存在としてのA型インフルエンザはどの亜型も形態的にはきわめて
類似した構造を有している.ゲノムであるー鎖RNAは大きさの異なる
8本の分節に別れていて各々がヌクレオキャプシドに包まれ,転写酵素を
持っている.この周りを2種類の表面糖タンパク;HAとNAを統合した
脂質2重層が取り囲むが,ビリオン(完全なウイルス)はその他にも
数種のタンパク質を含んでいるというのが共通構造である.物理的
環境に影響されるのはこうした物理的存在としてのウイルスであり,
宿主に感染してから受ける宿主側からの影響とは分けて考察する
必要が有る.
●夏季という季節要因は各インフルエンザに対して平等に作用すること,
その影響を受ける側のインフルエンザも物理的実体としては共通している
とすれば,従来型の季節変動とは異なる新流行パターンが生まれたかの
ような発表は問題が無いのだろうか.現在の患者数の増大というのは
新型ということを考えれば充分予想できる範囲のものであろう.なぜなら
無いに等しい弱い免疫プール防衛網は大量ワクチンの接種でもしない
かぎり新型インフルエンザにより簡単に突破出来る状況にあるからである.
新型インフルエンザという敵は夏と言う不利な環境要因の中でも,人間活動
の感染ポケットをいち早く見つけて爆発的感染の足場をできるだけ拡大
しようとしているのであろう.この感染の拡大の規模の大小の上に秋・冬
からの流行が開始されることになる.
●とすれば必要とされる対策が戦術レベルのみから判断されるのではなく,
戦略レベルから見てどうかというのが最大の課題であろう.日本のワクチン
製造量は当初の2500万人分から大幅に下方修正されて,1500万分
に後退している.この程度のワクチンで敵を向かい撃てるのだろうか.
しかもこの少ないワクチンをいつ,どこで,だれに,どれだけ接種するかの
方針も定かではない.予防医学の観点から流行規模を最大限に抑制する
という観点に立った専門家からの大胆な提言も聞こえて来ないし,
学校での集団接種の是非すら検討の外である.アメリカでは感染の火薬庫
となるであろう学校を中心にワクチン接種を検討中という.誰が死んで,
誰が生きるかといった従来の議論を乗り越えた根本的提起のように思える.
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③警告するミュータント;50年代手塚漫画に観る [メタ生物学]

ゴジラをSF映画と言うのかどうかは別として,50年代の
日本製SF映画はそれを除くと空想性の翼がもぎ取られたようで
それほど印象に残る作品は想い出せない.予算的制約がそうさせた
のであろうか.一方では製作ラボの規模に影響を受けない
漫画は一大革命期に有った.手塚治虫という稀有の才能が,
無人の荒野を行くようにストーリ漫画という新ジャンルを切り拓き,
次々とSF漫画の傑作を世に送り出していたからだ.

来るべき世界.jpeg

1951年1月,2月,不二書房発行の『来るべき世界』1&2は
小学生だった僕をたたきのめした.二つの体制間のむき出しの
抗争,戦争,独裁政権下で行われる強制労働,拷問,狭い利己的
欲望に翻弄される愛情は痛めつけられた人間不信に激突して
砕け散る.科学もまた崇高な行為ではないことが暴露され,
地球の危機を訴える声は世論を動かすには至らない.メタファー
としてのノアの洪水は倫理を見失った世界への最後の警鐘
であり,それが有効性を持たないと分かった時現実となる.
これはギルガメシュの叙事詩ではなく旧約聖書の道徳的物語
なのだ.

フームン.jpeg

 この物語を構成するもう一つの要素は核実験という人間の悪魔的
行為が生み出した超人;ミュータント・フームンであり,彼等の地球脱出
計画が重ねられて話は劇的に展開していく.宇宙水爆戦のメタルーナ・ミュータント
のようにグロテスクな姿をさらしてよたよたと奴隷生活に
甘んじるのではなく,このフームンは引力を自由に操作し
テレパシーで会話し,高度な知性を遠大な戦略に集中させる.
粗暴で度し難い退廃に転がり込んだ人類は家畜として彼等に
一部救済されるか,彼等の地球脱出計画を暴力的に奪い取るしかない.
 深い暗黒の淵を覗き込むようなこのペシミズムは,未知の天体と
地球の激突という危機を潜り抜ける中でかろうじて否定されるかに見える.
しかしそれは人類史への楽天的回帰と言っていいのだろうか.
崩れ落ちる建物の下で周囲から隔絶してピアノ演奏に熱中するピアニスト,
”平和だ平和だ!地球に戦争はなくなった!人間バンザイ
世界の文化!!!バンザァイ”という二体制間の和解,
それは解決というよりは狂気による高揚しか残されていないことの
証明のようにも受け取れる.

太平洋Xポイント.jpeg

 51年のこの危機意識は50年代の手塚作品を彩る主旋律である.
53年の「太平洋Xポイント」ではもはや空想の表層はかなぐり
捨てられ,核実験そのものが剥き出しの形で糾弾される.

大洪水時代.jpeg

55年の「大洪水時代」ではメタファーとしてのノアの洪水ではなく
北極圏核爆発のよる津波が全世界を襲い科学技術が創り出した
現代文化を押し流していく.
 突然変異は怪物の製造ツールを超えて,科学を揺さぶる
重要なツールとなったといえる.

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②万能の怪物製造理論;突然変異と『宇宙水爆戦』 [メタ生物学]


●1950年代のSF映画にはそれまでにはお目にかかれない怪物が頻繁に
登場するようになった.[『原子怪獣現わる; The Beast from 20,000 Fathoms,1953
』とか『放射能X; Them! , 1954』,『水爆と深海の怪物; It Came from beneath the
Sea, 1955』等がそれであるが, 注目すべきはこれらの怪物の生まれた原因として,
いずれも核実験による異常な放射線被爆が想定されていることである.既存の
生物の巨大化はある時は蟻であったり,深海の蛸であったり,また爬虫類であったり
するわけであるが,科学・技術生み出す産物がその生みの親である人間を襲うという
パターンはどこかメアリー・シェリーの悪夢;フランケンシュタインの怪物に連なるもの
がある.しかし科学のツールとしてはフランケンシュタインの怪物は今日の言葉で言えば
移植で有って,突然変異ではない.さらに悪夢の質についても,人の存在そのものに
科学が侵入していくことに由来する恐怖は,人間界の外部で暴れまわる怪物が
どのように巨大なものであろうとその恐怖とは異質のものであろう.
放射能Xを観たのが何歳頃だったのか正確なことは覚えていないが,
強大化したアリを火炎放射器で追い立てる場面など戦争映画の
延長線上のスペクタクルと大して違わなかった印象がある.

●ところが1955年公開の『宇宙水爆戦;This Island Earth』に登場する
メタルーナ・ミュータントはちょっと趣が変わっていた.核戦争の傷跡と言っても
別の宇宙人の突然変異体である.はちきれんばかりの巨大な脳は外部にむき出しで,
未発達とも思える四肢がよちよちと歩く姿は科学が生み出した醜悪さのメタファー
としては異色のものであった.この不気味さを理由に,ひたすら逃げ回るヒロイン等
からぼこぼこにされて死に果てるメタルーナ・ミュータント!

メタルーナミュータントBW2.jpeg

観た当時(高一?)暗い劇場の中では深く考えることもなかったが,
この作品はいろいろな意味で50年代を代表するSF映画の一つとして挙げるファンも
多いと聞く.比較的最近,NHKBSの深夜劇場で放映されたそうであるが,
僕の場合後の祭りであった.LDで販売されたがDVD化されたかどうかは知らない.
予告編だけなら以下のサイトから閲覧は可能だが・・・.

 http://www.youtube.com/watch?v=hR7e3StbXoU&feature=player_embedded

 映画論ではないので内容の詳細は別に譲るが,ヒト型生物も突然変異の例外ではない
ということで,突然変異が万能の怪物製造理論として広く受け入れられて行った
のではなかろうか.

●それでは原水爆戦の脅威というのはどの程度現実的な脅威だったのだろうか.
 1950年は1月31日,トルーマン米大統領は米原子力委員会に対して特別声明
を出し水爆を含むあらゆる核兵器の製造続行を宣言していた.それは世界大戦
の終結後の新たな近代戦の勃発を明確に意識したもので,その年の6月には
38度線を越えて北朝鮮軍が南下,朝鮮戦争が勃発して現実のものとなった.
この状況下で熱核戦争を阻止しようとする動きも活発となり,核兵器の無条件禁止
を訴えるストックホルム・アピールが3月の世界平和擁護大会総会で採択
されることになる.しかし事態は急速に戦争に傾斜して行った.11月30日
には”必要であらば中国軍にたいして原爆使用ありうる”とのトルーマン大統領
の声明が出された.1950年からの数年は核兵器実戦配備とより強力な水爆開発を
目指す核実験ラッシュの時代だったのである.50年代のSF映画は空想というよりは
現実の脅威を背景に製作された作品が多いと言えよう.
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▲突然変異のメタ生物学的社会心理;50年代SF映画から見る①はじめに一言 [メタ生物学]

科学的世界観の一般化にSF映画がどの程度の役割を果たすものか
ドキュメントを漁ったことはないが,その時代の社会心理学的雰囲気を
知る一つの入口には成り得るであろう.SF映画は戦前には製作されず
映像と音がリンクしたトーキーになって初めて登場したと思われる方
もいると思うが,映画の登場と同時にSF的映像は果敢に試みられて
来た.これらの作品を映像メディアとして目にする事は簡単ではないし,
自分自身も実際に観た作品はほんの少数であるが,いくつかの証言を
総合するとモチーフの中心は二つのカテゴリーに分けられるように思う.
その一つは当時の先端技術の夢を反映したもので,ロケットとかロボット,
高度な建設技術,軍事施設等がそれである.もう一つは現実には
観ることの出来ない未知の世界を映像化するというもので,恐竜とか
怪獣,火星人,獣人などがそれに入るであろう.そういったSF映画の
中で今もって最も評価の高い作品の一つが「メトロポリス」である.

メトロポリス1.jpg

オリジナル・フィルムは1926年,ドイツ・ウーファ社から出された
ものでサイレント映画としては破格の制作費を費やしたと言われている.
監督・脚本はフリッツ・ラングでエキストラは37,975人,使用フィルム
は62万メートル,驚くべき情熱が注ぎこまれた.この超大作はジョルジオ・
モロダー音楽総合プロデュースと擬似カラーを得て1984年に
劇場公開されたのでご覧になった方も多いのではなかろうか.
 物語の舞台がどこかヒットラー登場前のドイツを示唆するようで,
アンドロイドのマリアの煽動が印象的であった.しかしこの映画の
コンセプトの中には生物学的知識の革新性は無い.当時の科学の中心
はあくまでも物理で,その応用としての技術の暴走に社会革命の理念
が歯止めをかけるという構図となっている.この構図はまさに20世紀の
理想の縮図のようなもので,別角度からみた批判の芽は50年代のSF映画
の興隆期になり初めて登場することになる(続く).
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新型インフルエンザ(H1N1)の死亡率はどれぐらい? [ウイルスシステム]

The current situation constitutes a public health emergency
of international concern.However, more information is needed
before a decision could be made concerning the appropriateness
of the current alert level.

WHOの25日の緊急会議の結果は上記のように国際的
公衆衛生上の緊急事態としながらも,レベルを引き上げるには
なおデーターが不足しているというもので有った.この結果は
テレビでも報道されたので胸をなでおろして居る方も多いのでは
ないだろうか.しかし中日新聞の25日付け記事によると
”米国の疾病対策センター(CDC)は,メキシコと国境を接する
カリフォルニア,テキサス両州で計8人の感染を確認,
いずれも豚との接触がないことから人から人への感染と断定した”
とある.これはもはやブタ・インフルエンザではなくヒト・ヒト感染
を引き起こす新型インフルエンザではないのか!
 と言っても,患者数?1000人に対して死者が70人〜というのは
この新型インフルエンザの毒性を決定する数値としては
いささか問題が多すぎる.文字通りこれを基に算定してしまうと
10%に迫るような恐ろしい感染症ということになってしまう.
ところがヒト・ヒト型とするとどれだけの感染者が出たのかは
もはや分からないはずだ.臨床症状が軽いまま治癒して
しまった場合も考慮すると,この新型ウイルスの毒性を決める
ことは今のところ出来ないと言わざるを得ない.
 H5N1のトリインフルエンザは異様なまでに死亡率が高かった
ことは確かであるが,総ての新型インフルエンザが強毒性
と言うわけではないことも考慮に入れておく必要がある.
トリとの接触が不可欠な高病原性トリインフルエンザの
患者数の把握とヒト・ヒト型の弱毒性新型インフルエンザの
患者数の把握とは困難さが全く異なるということである.
ただ新型に関しては免疫を持っていないから,一旦流行
し出すと多くの感染者が生ずるであろう.不幸にして毒性が
高かった時は,WHOの警告もよりシビアなものに成るに違い
ない.CDCやWHOの今後の疫学調査の結果が待たれる.

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ヒト新型インフルエンザの可能性? [ウイルスシステム]

 今月24日ロイター電の伝えるところによると,メキシコでは新型
インフルエンザによる感染が急速に拡大しているという.死者は
まだ確定的では無いが,政府関係者によると少なくとも20人はこ
の新型ウイルスによるもので,さらに40人の死亡原因との因果関係
が疑われているとの発表がなされた.
 これとは独立に,先月末にカリフォルニア州サンジエゴ周辺で
新型ブタインフルエンザが二人の小児から検出されていたが,
WHOはこの両方が同一のタイプ;H1N1であることを確認した.
 この感染症の衝撃の大きさはWHO緊急会議召集を見ても
容易に理解できる.人型インフルエンザの降臨の疑いが否定
出来ないからである.日本時間の4月25日夜のWHO会議が
パンデミックの警戒レベルを現在の3から4に引き上げるのかどうか,
世界中が今固唾を呑んで注目している段階にある.
 日本でも幾つかの自治体ではすでに対応を検討しつつある.
警戒レベルがフェーズ4に引き上げられれば政府は直ちに
首相を本部長とする対策本部を設置することになるが,
空港では熱センサー・モニタリングを強化するなどして
事実上警戒レベルをあげつつある.
 しかし日本は生憎連休モードに入り出国ラッシュが始まって
しまっている.急激な状況変化が起こった場合どうなるのだろうか.
気になるところである.

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