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物語の可能性(1)未知領域の縮小と拡大

「四次元漂流」についてはおぼろげな記憶だけで,長い間の風化に任せていました.ところが1988年,海野十三の全集が三一書房から出版されたと知り書店に走りました.目指すは言うまでも無く「四次元漂流」でこれは第11巻に納められています.監修は小松左京・紀田順一郎の両氏で正確な発表は昭和21年〜22年2月,「子供の科学」に連載とありました.布団にもぐりこんで読んだ記憶があるのですが,昭和22年では小学2年生でいくらなんでもませすぎ,この辺の事情は良く分かりません.
 女性科学者の名前は雪子,少年の名前は道夫で壮絶な最後の場面は狂気の結末としても幼い僕には激しすぎるものでした.泡立つコップを高くさし上げ,研究の勝利と喜びに震えながら一気にその調製薬を飲み干します.とその瞬間,彼女の手からコップは横に飛び,壁にあたってこなごなに砕け散る.上半身はゼンマイ仕掛の乗馬人形のように踊り,炎のように逆立った髪とかっと見開いた両眼は閉じることなく,苦悶の痙攣と真黒い吐寫物の中でおびただしい皺を浮かべて死んでいきます.究極の未知を極めようとした科学者に対する容赦ない仕打ちに驚きました.
 未知領域の探求というものが,現代においてはどこか日常生活の営為のレベルで語られることが多くなりました.学ぶ気力も失せたものに,何とかその面白さを理解させたいという配慮がそうさせるのでしょうか.科学が個人の創意や努力を超えて,ますます社会的な集団行為の傾向を増している中で,人間のイマジネーション能力に基礎をおく未知領域はむしろ縮小傾向にあるような気がしてなりません.倫理や人類福祉の制約が必要な応用科学では,もちろんこの傾向は好ましいものです.新技術が膨大な予算を必要とする場合はなおさらでしょう.科学といえども暴走は許されないのです.しかし物語の場合,狭い道徳の規範を守ることは自殺行為と言えないでしょうか.「四次元漂流」の主人公は女性の,しかもフリーランス(このような科学者が居るかどうかは別として)の科学者です.古い洋館を改造しての工房を支配するのは限界を設定しない想像力だけです.社会的規範意識の奴隷になりがちな男性ではなく女性を主人公にしたこと,またその主人公に強いシンパシーを感ずるものとして大人ではなく少年を配したことは偶然とは思えません.どのような犠牲を払っても未知を全身で知りたいとする人間の性向は,必ず新しい未知領域の拡大を追及するでしょう.<続く>

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